本執筆の前の戸惑い
ホームページ執筆と日常の雑事を終え、一息ついて、今日、本の執筆構想に向かった。
私はサリンテロで20年を失い。体を完全に治したが、さらに後遺症で10年ただ幸せに生きるだけで、自ら何も発信せず過ごした。楽な人生だが、結構退屈なものである。
その被爆の24歳までに、そもそも自分がやりたかったこと。成りたかったもの。これを掘り下げようする執筆となる。
結局、半ば自伝的なものになるが、誰が読むのだろう? つまりは、身近な人しか読まない……。
「万人の幸福」のために書いたホームページの内容に比べて、それに価値があるか考えてみるのだが、肩書もないわけであり、やはり、決して売れるものでない。
そこで、半ば自伝であるものを出すのに、抵抗を感じるわけであるが、しかし、たった3ヶ月、ゆっくりでも半年書くだけ。それでkindleでゼロ円で出版が出来る。ゼロ円でペーパーバックにもなる……。
つまりは、自分の「名刺」が出来る。肩書に「作家」が加わる。
昔と違って、出版社にウケる肩書はいらないし、企画にあった内容を書かなくても良い時代だ。自由に「作家」として出発できるのである。
これを面白いと思うのか。金にならないと思って捨ててしまうのか。
これが大きな分かれ目である。
もちろん、半ば自伝であると言っても、文芸批評、文明批評、芸術、科学本である。読み物としては、面白い、発見できる、為になるものとしては、書き上げる。それはお約束事であるわけだ。
しかし、最も読んで欲しい人たちが、亡くなってしまっている……。
著作家であり、日本の知性であり、批評家だった先輩である……。
そもそも、倒れる30年に読んで欲しかった恩師も亡くなっている……。
虚しい……。世は虚しい……。
だからと言って、前進しないわけにはいかない。それが恩師や、その先輩との約束だ。

とりあえず、これだけ書いて置けば、心の整理がついて書けるだろう。
立ち止まったら、これをもう一度読む。
本を書こうと思い立った!
本を書こうと思い立った!
『10代から創造的に生きる本』――。
自己の幼年期・10代の体験や思考をまとめて、創造的に生きることを勧める本だ。
半ば自伝。
ジャンルは芸術と言えば芸術。6歳の時の絵を兵庫県立美術館に永久保存されたから、芸術的・創造的に生きることを良く考えた。しかも、哲学・文学にも目覚めてる。その生き方に、足りなかったものを付加する。
「哲学・菜食・日記」の勧め。これが本の中身。教育と言えば教育。
今は不登校が多い。私も不登校だった。だから伝えられることもある。
きっと良い本が出来る。
青春のバイブルを書きたい!!
青春のバイブルだから、大人にも読んで欲しい本を書く!
これで作家の誕生だ!
そもそも、30歳で本を書こうとしていた。
コリン・ウィルソンは26歳で処女作を著したから、自分は30歳までにと決めていた。
サリンにやられて出遅れること、30年――。
やっと出版が決まったのだ!!!
そして、表紙は自分で描く。
タイトルが10代だけだと売れないので、「すべての青春、すべての芸術家に捧げる哲学書」を副題にしたい。

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